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人生をかけて求め続けた作品を創る「意味」。

アーティスト/37才                        




「今楽しい」がわからない。


いつも正解を求めていた。

学校の勉強は大好きだったけど、休み時間の人付き合いが苦痛だった。


小5〜中2まで不登校、中3では勉強したくて学校に行ったものの場面寡黙。

「うん」「ううん」しか言えなかった。

話そうとしたら喉に詰まって声が出ない。


朗読がこなせたのは「正解」があるから。

「正解」のない休み時間は、どう動いていいか分からず、

何か聞かれても頭が真っ白になって声が出なかった。


やっと週末になっても、月曜には「また起きて学校に行かなきゃいけない」って憂いている。

あるとき思った。

小学校が終わっても、中学生、高校生、大学生になって、就職して、やっぱり「朝起きて行かなきゃいけない」ってずっと憂いてる。


「じゃあ、私はいつ『今楽しい』って感じられるの?」



中身のないものしか作れなかった。


絵を描くのが好きで、不登校の間はずっと絵を描いていた。

ふとんの中も消しカスだらけだった。でも空っぽの絵だと感じていた。


大人になって韓紙という素材と運命的な出会いを果たし、

「あなたは本物のアーティストだ」と賞賛されても、受け取れなかった。

やっぱり中身がない。そう思った。



創る「意味」を求めて。


ここじゃないどこかに行ったら何か変わる気がして、オーストラリアにワーキングホリデーに行った。

でも、飛行機から降り立った瞬間に悟った。

「違う、どこに行っても変わらない」と。


そんなとき、体に異変を感じて受診した現地の病院で突然ガンの告知を受けた。

ショックとともに、喜びを感じている自分がいた。


「これでやっと意味のあるものが創れる!」と。


治療の副作用で髪が抜け、吐き気や痛みと共に過ごした。

そしてやっと治療を終えたとき、どうしても韓紙を触る気になれなかった…。

心底絶望した。「私はガンで死にかけても意味のあるものを創れないのか…!」

その後も3、4年制作ができない日々が続いた。



創ることは「今を生きる」こと。


「これで変われなかったらもうダメだ」一念発起して、瞑想を学び始めたのが大きなきっかけだった。


今まで、一生懸命にはやってきたけど、初めて「本気」というものが分かった。それは瞑想を通して感じた「今」を生きること。


過去に意味づけするのでもなく、未来を憂いて正解を探すでもない、ただ「今」に集中すること。その感覚を瞑想で掴むことができた。

力まなくてもいい、「意味はいらない」、創ることは、ただ「今を生きる」こと。


子どもの頃からずっと求めていたもの。

やっと、「今楽しい」が掴めた瞬間だった。




自分の作品は最高で最低だと思う。


その後、どんどん「ああでなきゃこうでなきゃ」が外れていってる。


以前は「作品づくりには自分が良い状態でないといけない」という人の言葉に悶々としていた。

でも今は気にしてない。ネガティブもいい。そのままが美しい。

ただそのまんま今の私でいる。



ヌードを描かれてどうでしたか?


描かれる方だけじゃなく、描く方も裸になるのがよかった。そして、脱いだ瞬間からコアな内容の話をできること、意識しなくとも自然にピュアなまっさらな言葉で話ができることに驚いた。できあがった絵は、背景も含め自分のまだ知らない部分を見せてもらったようで嬉しかった。さらに、描いてもらったデッサンをSNSで投稿したのが、予想以上に大きなブレイクスルーになった。たとえ絵であっても、自分の裸を晒すことで自分自身を隠そうとすることの不自然さに気づいた。アーティストで、さらけ出して生きたいと思ってる人にオススメです。





インタビュー・ライティング/mossco

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